インターネットの友人

インターネットの友人が何人かいる。

毎年ジブリの絵だけを描いた無言の年賀状を送りつけることのできる友人、販売しているお菓子をたまに購入させてもらう友人、互いの誕生日(うろ覚え)に欲しいものかどうかよくわからないものを贈り合う友人、LINEやときにはアナログなやり方でインターネットのひとの悪口を言い合う友人などなど。やりとりをしなくなったひともいるけど別に疎遠になったわけではなく、なにかあればまたやりとりを再開できる。インターネットの友人たちは、細いながらも千切れない糸のような関係だと思っている。

そんなインターネットの友人のひとりに、ガメちゃんがいる。GAMEBOYZさんという方で、本人を直接そう呼んでいたわけではなく、ただ心のなかでひっそりとガメちゃん呼びしていた。俺は反町隆史のこともソリと呼んでいる漢。誰であっても呼びたい通りに呼ぶ。ついでに話がもう一段階それると、「俺が心のなかでガメちゃん呼びしていたひと」は一般的には「ゲムボさん」と呼ばれることが多いらしく、それが新たな知識として刷り込まれたものの中途半端にしか記憶に定着しなかったらしく、最近たまに「ガメちゃん」と「ゲムボさん」が混同してしまい、「ゲボちゃん」と呼びそうになる。あくまで心のなかで。失礼な話だ。ごめんね。

そんな、呼び名の二段階右折が生じるようになってしまったインターネットの友人が、最近また1冊の本をつくった。のが、なぜかご恵贈いたただけたので、早速読んだ。

GAMEBOYZさんの文章を読んだことがある方はすでにご存じだと思うけれど、ガメちゃんの文章は読んでいてたのしい。喜怒哀楽の喜や楽だけを扱っているわけではない(当然怒りも哀しみもたまにある)のだけど、読んでいて心が動かされる、その現象がたのしい。

考えたこと、感じたことを普遍的な言葉でアウトプットできるというのは、一種のスキルだ。そのスキルを存分に使って、日常のささやかだけど確かに感情が動かされた出来事などが綴られる。

ハイウェイ・オアシス」は過去にブログに書かれていたことも含めて13本のエッセイが載っている。「えっ、これつい最近読んだと思ったけどもう3年前の文章なの」といった驚きもあった。中途半端古参アピール乙です。

共感できるのがよいエッセイ、というわけではないだろうけど、どれも自分の体験ではないのになんかわかる気がする。同じ状況に置かれたら、同じようなことを感じそう。へえ、ガメちゃんはそんなふうに考えるんだ。なるほどそれは知らなかった。そんなわけないやろ。などなど、読みながら、おもしれ〜友達のおもしれ〜話を聞いている気持ちになれる。おもしれ〜女の話はおもしれ〜。

僕がガメちゃんの文章を好きなのは、読んだらちょっと元気になれるところ。誇張でもなんでもない。ほんとにちょっと元気になる。日本のどこかでおもしれ〜インターネットの友人が真面目におもしろく生きている、そのことを感じられるのはうれしい。自分もなんかしなきゃなと思う。軽い嫉妬の一種かもしれない。

このブログを立ち上げたのだって、ガメちゃんのZINEが直接のきっかけだった。俺もこのひとに負けず劣らずおもしろ人間でいたいよ。と思えるのが、ガメちゃんの文章の好きなところ。

「ハイウェイ・オアシス」はおもしろい人生の暇つぶしが詰まってて、ただたのしいだけなので、どこかで買える機会があったらぜひとも買ってみてください。